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    <title>スペイン大会 on 昭和44年男</title>
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      <title>6月13日 ── スペインW杯が素通りした夜も、枕元にはラジオがあった</title>
      <link>https://showa44man.com/posts/showa-june-13/</link>
      <pubDate>Sat, 13 Jun 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
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      <description>&lt;p&gt;六月十三日。カレンダーの記念日欄には「FMの日」とあります。アルファベットでFが六番目、Mが十三番目だから、という語呂合わせです。そして昭和五十七年（一九八二年）のこの日、スペインでサッカーのワールドカップが開幕しました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ちなみにこの日は、昭和六十二年（一九八七年）に広島の衣笠祥雄選手がルー・ゲーリッグの連続試合出場世界記録を塗り替えた日でもあります。ただ、鉄人の話は六月七日の記事でたっぷり書いたばかりなので、きょうは別の話を。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;実は今回の二つ──FMもスペイン大会も、正直に白状すると、当時の私の記憶にはほとんど残っていません。けれど「覚えていない」ことにも、それなりの理由がありました。きょうは、その理由のほうの話です。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id=&#34;世界が沸き始めた日野球少年は素振りをしていた&#34;&gt;世界が沸き始めた日、野球少年は素振りをしていた&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;昭和五十七年六月十三日、スペイン・バルセロナのカンプノウ・スタジアム。九万人を超える大観衆の前で、前回王者アルゼンチンとベルギーの開幕戦が行われました。アルゼンチンの十番をつけていたのが、当時二十一歳のディエゴ・マラドーナ。これが彼のワールドカップ・デビュー戦でした（試合はベルギーが一対〇で勝っています）。大会はその後、パオロ・ロッシを擁するイタリアが優勝。いまもサッカー史に残る名大会として語り継がれています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;で、そのとき十三歳、中学一年生だった私はといえば──何も覚えていません。本当に、何ひとつ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もっとも、これは私だけのことではなかったと思います。昭和五十七年の日本にとって、ワールドカップはまだ遠い遠い大会でした。日本代表は一度も本大会に出場したことがなく、Jリーグもまだ影も形もない時代。テレビでサッカーといえば、正月の高校サッカーくらいのもので、海の向こうの大会を生中継で追いかけるという習慣そのものが、お茶の間にはほとんどなかったのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして当時の私は野球部に入ったばかりの、根っからの野球小僧でした。『キャプテン翼』の連載が少年ジャンプで始まったのは前年の昭和五十六年。けれど翼くんが私の心に飛び込んでくるのは、もう少し先の話です。つまりこの開幕の日の私は、まだ「キャプテン翼以前」。マラドーナという名前すら、知らなかったはずです。世界中がスペインの熱狂に沸いていたその夜も、私はたぶん、いつもどおり素振りをして、巨人戦を見て、眠っていたのだと思います。サッカーのワールドカップは、昭和五十七年の野球少年の暮らしの、ずっと外側にありました。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id=&#34;四年後の早朝マラドーナに釘付けになった&#34;&gt;四年後の早朝、マラドーナに釘付けになった&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;ところが、です。四年後の昭和六十一年（一九八六年）、メキシコ大会。十七歳の高校二年生になっていた私は、早朝のテレビ放映を夢中で見ていました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;メキシコと日本の時差は十五時間。向こうの昼の試合は、日本ではちょうど夜明け前から早朝の時間帯にあたります。つまりワールドカップを見るということは、いつもよりずっと早く起きるということでした。野球少年だった私を、早起きしてまでテレビの前に座らせる「サッカーの大会」。四年前には考えられなかったことです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;きっかけは、もちろん翼くんです。中学時代にこっそりはまった『キャプテン翼』が、野球少年の中に「サッカーを見る目」を作ってくれていた。そして画面の中には、漫画よりも漫画みたいな選手が、本当にいたのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img alt=&#34;1986年メキシコ大会、ベルギー戦でディフェンダーを抜き去るマラドーナ。ボールが足に吸い付いたまま、倒れない、止まらない。&#34; loading=&#34;lazy&#34; src=&#34;https://showa44man.com/images/maradona-1986.jpg&#34;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;マラドーナ。決して大きくはない体で、次々とドリブルで相手選手を抜き去っていく、あの力強いプレー。ボールが足に吸い付いたまま、屈強なディフェンダーが何人がかりで止めにきても、倒れない、止まらない。準々決勝のイングランド戦では、のちに「神の手」と呼ばれるあの一撃と、五人抜きの「世紀のゴール」を、わずか数分のあいだに両方やってのけました。手で押し込んだゴールですら「ゴール」と言わせてしまう。理屈ではありません。あの小さな背中には、それを許させてしまうだけの、圧倒的な存在感があったのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;スペイン大会を素通りした少年は、四年かけて、ようやくワールドカップに追いついた──いや、翼くんとマラドーナに、追いつかされたのでした。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id=&#34;fmはお兄さんのもの私の相棒は携帯ラジオ&#34;&gt;FMは「お兄さんのもの」、私の相棒は携帯ラジオ&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;さて、もうひとつの「FMの日」。これも白状すると、当時の私はFM放送をあまり聞いた記憶がありません。FMといえば音楽番組。本屋には「FMレコパル」や「週刊FM」といったFM情報誌が並び、二週間分の番組表を蛍光ペンでチェックして、お目当ての曲が流れる時間にカセットテープの録音ボタンに指をかけて待つ──そんな「エアチェック」に励むのは、もう少し年上の、ちょっとお兄さんたちの世界。レコードを買うお金のない時代に、FMとカセットは音楽好きの強い味方だったわけですが、小学生の私には、まだずいぶんと背伸びの領域に感じられていました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そのかわり、ラジオそのものとは、ずっと早くから深い付き合いがありました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;小学三年生のころ。すでに立派な野球小僧だった私は、プロ野球の巨人戦をテレビで欠かさず見ていました。ところが、テレビ中継には終わりがあります。たいてい二十一時前ごろ、試合の決着がつこうがつくまいが、中継はぷつりと終わってしまう。九回裏、一打逆転の場面でも、お構いなしに、です。あの「続きが見られない」悔しさは、昭和の野球少年なら誰もが知っていると思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;でも、ラジオなら最後まで聞ける。テレビが「ここまで」と打ち切ったその先を、ラジオの実況はちゃんと最後のアウトまで届けてくれるのです。当時のAMラジオは夜の看板がナイター中継で、各局が看板アナウンサーと解説者をそろえて、延長になろうが何だろうが、試合が終わるまで付き合ってくれました。テレビに置いていかれた野球少年にとって、これほど頼もしい存在はありません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それを知った私は、誕生日のプレゼントに携帯ラジオを選び、買ってもらいました。年に一度の誕生日プレゼントです。おもちゃでも、野球の道具でもなく、ラジオ。小学三年生の選択としてはずいぶん渋い気もしますが、当時の私にとっては「巨人戦の続きが聞ける魔法の箱」だったのですから、迷いはなかったのだと思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img alt=&#34;昭和の携帯トランジスタラジオ。誕生日に買ってもらったこんな一台が、「巨人戦の続きが聞ける魔法の箱」だった。&#34; loading=&#34;lazy&#34; src=&#34;https://showa44man.com/images/portable-radio-sony.jpg&#34;&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それからの習慣は決まっています。テレビ中継が終わると、携帯ラジオのチャンネルを野球中継に合わせ、枕元に置いて、布団に入る。画面はないけれど、アナウンサーの声と球場のざわめきだけで、場面はいくらでも目に浮かびました。実況が早口になれば走者が走り、歓声がわっと膨らめば白球が外野の頭上を越えていく。むしろ目をつぶっているぶん、想像のグラウンドはテレビより広かったかもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;スペイン大会が開幕した昭和五十七年の夜も、きっと私の枕元では、ナイター中継が小さく流れていたはずです。世界の熱狂は、まだ私の布団までは届いていなかったけれど、私には私の、夜の続きがあったのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;手のひらサイズのラジオは、令和のいまも現役です。あの頃の相棒のような一台は、枕元のナイター中継はもちろん、いざというときの防災ラジオとしても、ひとつ持っておくと心強いものです。&lt;/p&gt;
&lt;div class=&#34;amz-box&#34;&gt;
  &lt;div class=&#34;amz-box-body&#34;&gt;
    &lt;div class=&#34;amz-box-title&#34;&gt;ソニー ポケットラジオ ICF-P27（FM/AM/ワイドFM）&lt;/div&gt;&lt;div class=&#34;amz-box-note&#34;&gt;手のひらサイズの定番。枕元のナイターにも、防災の備えにも&lt;/div&gt;
    &lt;a class=&#34;amz-box-btn&#34; href=&#34;https://www.amazon.co.jp/dp/B09J4RMWH8?tag=showa44man22-22&#34; target=&#34;_blank&#34; rel=&#34;nofollow sponsored noopener&#34;&gt;Amazonで見る ›&lt;/a&gt;
  &lt;/div&gt;
&lt;/div&gt;

&lt;hr&gt;
&lt;h2 id=&#34;令和の今枕元にはスマホがあるけれど&#34;&gt;令和の今、枕元にはスマホがあるけれど&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;あれから四十四年。いままさに、北中米でワールドカップが開幕したばかりです。スペイン大会を素通りしたあの野球少年が、いまは開幕戦の日程を指折り数えて待つようになったのですから、人生はわからないものです。つい先日は、地元の四つ木・立石に点在する『キャプテン翼』の銅像九体を、ランニングで巡ってきた話も書きました。十三歳の私に教えてあげたら、きっと信じないでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;観る環境も、すっかり変わりました。スマホひとつで試合が見られて、見逃した試合は翌朝に配信で追いかけられる。ラジオもradikoで、全国の放送局が手のひらに収まる時代になりました。野球中継が「二十一時前に終わってしまう」悔しさを、いまの子どもたちは知らないでしょう。続きが気になるなら、指先ひとつで続きが手に入るのですから。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それでも、ふと思うのです。枕元の小さなラジオに耳を澄ませて、音だけで満員の球場を思い描いた、あの夜の豊かさのことを。見えないからこそ見えたものが、確かにあった気がします。情報がいくらでも手に入る時代になったからこそ、あの「音だけの夜」が、妙に贅沢なものだったように思えてくるのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;みなさんには、「枕元のラジオ」の思い出はありますか。そして、初めて夢中になったワールドカップは、どの大会でしたか。よかったら、聞かせてください。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;この記事は「昭和の今日は何があった日？」シリーズの一編です。昭和四十年代から六十年代の「今日」を、葛飾で育った私自身の目線で綴っています。&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;▼ 昭和の今日は何があった日？（前後の記事）&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
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