七月も半ばにさしかかると、夕方になっても空気が生ぬるくて、どこからか蚊取り線香の匂いが漂ってくる。そんな季節になると、私の頭の中では決まって、あの伸びやかな歌声が鳴りはじめます。

きょう7月12日は、渡辺美里さんの誕生日です。昭和41年(1966年)のこの日、京都で生まれ、東京で育った少女は、のちに日本の音楽史に「スタジアム伝説」という言葉を刻むことになります。私より三つ年上。ほんの少しだけ先を歩く、お姉さんの世代です。

そして今日、令和8年の7月12日。渡辺美里さんは還暦、六十歳を迎えます。あの夏の球場で歌っていた人が六十歳。にわかには信じがたいのですが、考えてみれば私自身がもう五十七歳なのですから、当たり前といえば当たり前なのでした。

西武球場——いまのベルーナドーム。野球の聖地に、二十歳のお姉さんがたった一人で立った。(Photo: CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)

高校一年の冬に落ちてきた「My Revolution」

渡辺美里さんがデビューしたのは昭和60年(1985年)。その前年、応募者十八万人を超えるミス・セブンティーンコンテストで最優秀歌唱賞を受賞しての、鳴り物入りのスタートでした。ちなみにこのコンテストの同期には、のちに活躍する工藤静香さんや国生さゆりさんの名前もあります。とはいえ、デビュー曲「I’m free」はそれほど売れなかったそうです。ライブハウスを回り、先輩歌手のコーラスを務める下積みの日々もあったといいます。

運命が変わったのは、昭和61年(1986年)1月22日にリリースされた四枚目のシングル「My Revolution」でした。

作曲は、当時まだTM NETWORKでデビューして間もない、駆け出しの小室哲哉さん。曲ができたとき、小室さんは渡辺さんのもとに駆けつけてピアノでイメージを伝え、渡辺さんは「体に電流が走ったような気持ちになった」と後年語っています。ドラマ『セーラー服通り』の主題歌に起用されたこともあって、この曲は3月24日付のオリコンシングルチャートで一位を獲得。無名に近かった十九歳の歌手を、一気にスターダムへ押し上げました。渡辺さんはこの曲で『ザ・ベストテン』に初めて生出演も果たしています。

「わかりはじめたMy Revolution」——あのサビの疾走感は、四十年経ったいまでも色あせません。歌謡曲ともアイドルとも違う、まっすぐで力強い歌声。この曲は高校一年の終わりから、二年生になったばかりの私の耳にも、確かに届いていました。

最初に聴いたのは、たしか『ザ・ベストテン』だったような気がします。毎週木曜の夜九時、ランキングを楽しみに見ていた時代です。第一印象は、明るく勢いのある曲だな、というものでした。

学校へ行くと、友達がサビを口ずさんでいる。文化祭では体育館のステージに上がって歌う生徒までいる。それくらい、私たちのあいだでは流行っていました。だから、あっという間に覚えてしまいました。当時の高校生にとっては、「頑張ろう」「前に進もう」という気持ちにさせてくれる、青春ど真ん中の一曲だったと思います。

レコードをカセットにダビングして作る、自分だけの一本。私の相棒はウォークマンではなくAIWAだった。(Photo: CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)

もちろん「My Revolution」は、マイベストテープにも入れていました。当時はレコードをカセットテープにダビングして、自分だけの一枚を作るのが楽しみだった時代です。私の相棒は、お小遣い事情でソニーのウォークマンではなくAIWAのカセットプレーヤーでしたが、通学の道すがら、よく聴いていた思い出があります。

テープには当時流行していた曲を並べていましたが、「My Revolution」は外せない一曲でした。友達の間でも人気があり、「いい曲だよね」と話題になることも多かった。私の高校時代を象徴する、青春ソングの一つだったと思います。

野球少年の聖地で、歌手が歌った夏

そして昭和61年の夏、事件が起きます。

8月2日の大阪スタヂアムを皮切りに、名古屋城深井丸広場、そして8月8日の西武ライオンズ球場。渡辺美里さんは「MISATO SPECIAL ‘86 KICK OFF」と題したスタジアムコンサートを敢行しました。女性ソロシンガーが球場でコンサートを開くのは、日本で初めてのことでした。

このとき渡辺美里さんは、二十歳になったばかり。デビューからわずか一年二か月です。きっかけは、ラジオ番組の放送前にマネージャーから「やってみる?」と聞かれて、球場のことがよくわからないまま「何となく」返事をしたことだったといいますから、豪快な話です。ライブの一か月前には、十代の邦人アーティストとして初となる二枚組アルバム『Lovin’ you』をリリース。8月8日の西武球場のステージには、「My Revolution」を生んだ小室哲哉さんもキーボードで参加していました。

私にとって「球場」とは、野球をする場所でした。当時の私は高校二年生。白球を追いかける毎日で、球場という言葉から連想するのは後楽園球場のジャイアンツ戦か、憧れの甲子園です。ちなみにこの昭和61年の西武球場といえば、ルーキーの清原和博選手がホームランを量産していたグラウンドでもあります。野球少年にとって、あそこはまぎれもなく「野球の聖地」のひとつでした。

その神聖なグラウンドにステージを組んで、私とたいして歳の変わらないお姉さんが、たった一人で数万人を前に歌う。

じつは当時、西武球場で毎年コンサートが開かれていることは知っていました。親友のお兄さんが渡辺美里さんの熱烈なファンで、実際に西武球場のコンサートへ行ったと聞いていたからです。

野球部だった私にとって、普段は野球をする場所で何万人もの観客を集めてコンサートが開かれるというのは、とても新鮮で、驚きでした。当時は自分が行く機会はありませんでしたが、「いつか行ってみたい」と思うほど、印象に残っていました。

ちなみにこの昭和61年の渡辺さんは、球場ライブの直後の9月から全国三十八か所を回るツアーに突入し、途中で声帯ポリープを患って中断を余儀なくされたそうです。二十歳の身体で、どれほど無我夢中で駆け抜けた一年だったことか。私たちが白球を追いかけていたあの夏、三つ年上のお姉さんも、別のグラウンドで全力疾走していたのです。

年に一度、歌手の名を冠した特急が西武線を走った。線路っぷちで育った私には、たまらない話だ。(Photo: CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)

この西武球場の夏のライブは、以後、毎年恒例となります。全盛期には四万枚のチケットが即日完売。平成2年(1990年)からは、観客輸送を兼ねた臨時特急「MISATO TRAIN」が西武線を走りました。はじめは5000系レッドアロー号、平成7年(1995年)からは10000系ニューレッドアロー号。毎年デザインの変わる特製ヘッドマークを掲げて球場へ向かう列車を、渡辺美里さんのファンだけでなく鉄道ファンもカメラに収めたそうです。線路っぷちで育った私としては、この話には胸が熱くなります。歌手の名を冠した特急列車が、年に一度だけ走るのです。しかもこの列車、西武ライブの終幕後も惜しまれ、平成30年(2018年)には西武ライオンズ四十周年イベントの一環として、一日限りのヘッドマーク付き復活運転まで果たしています。

初年のタイトルが「KICK OFF」、そして20年目の平成17年(2005年)、最終章のタイトルは「NO SIDE」。試合開始と試合終了。渡辺さんが高校時代にラグビー部のマネージャーを務めていたことに由来するそうです。最後の「NO SIDE」には約三万九千人が集まり、二十年間の動員は延べ七十万人にのぼりました。ひとつの球場で、ひとりの歌手が積み上げた数字としては、もう伝説と呼ぶほかありません。

六十歳の「Birthday」

その渡辺美里さんが、今日、還暦を迎えます。

そして偶然ではないのでしょう、三日後の7月15日には、七年ぶりのオリジナルアルバムがリリースされます。タイトルは『Birthday』。さらに今年の11月8日には、あの西武球場——いまはベルーナドームと名前を変えました——で、実に二十一年ぶりのスタジアムライブが開催されることも発表されています。

六十歳になった歌手が、二十歳の夏に立った球場へ帰っていく。四十年の歳月をまたぐその姿を想像すると、私は少しだけ泣きそうになります。

私たちの世代は、渡辺美里さんの歌に「がんばれ」と言われ続けてきた世代です。十代の終わりに聴いた歌を、五十七歳のいまも聴ける。しかもご本人が、いまも現役で、あの頃と同じ場所で歌おうとしている。これほど幸せなことがあるでしょうか。

そして私には、高校二年の夏から持ち越したままの宿題があります。あのとき果たせなかった「いつか行ってみたい」。四十年越しのその機会が、今年の11月8日、目の前にぶら下がっているのです。さて、どうしたものでしょうか。

みなさんには、渡辺美里さんの思い出の一曲はありますか。夏の球場に、行ったことはありますか。よろしければ、コメントで聞かせてください。


「My Revolution」も「サマータイム ブルース」も「虹をみたかい」も、あの頃カセットに録って擦り切れるほど聴いた曲が、この一枚にまとめて入っています。マイベストテープをもう一度作らなくても、名曲がぜんぶ揃う。還暦を迎えた今日、あらためて聴き直すのに、これ以上の一枚はありません。

美里うた Golden BEST(渡辺美里 ベスト・アルバム)
「My Revolution」「サマータイム ブルース」ほか代表曲を網羅。あの夏の球場と通学路が、まるごとよみがえる
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▼ このシリーズでは、昭和40年から64年の「今日」に起きた出来事を、当時の子どもの目線で綴っています。


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