7月25日は「かき氷の日」なのだそうです。「な(7)つ(2)ご(5)おり」の語呂合わせに加えて、1933年のこの日、山形市で40.8度という当時の日本最高気温が記録されたことにちなむのだといいます。いかにも夏休みの真ん中らしい記念日です。

その7月25日に、昭和の子どもにとって忘れがたいものが世に出ています。1980年(昭和55年)7月25日、金曜日。ツクダオリジナルという玩具会社から、六面の色を揃える立体パズルが発売されました。ルービックキューブです。

このとき私は小学5年生。夏休みが始まってまだ数日という頃でした。

ただ、正直に書いておきます。その夏、私はルービックキューブを持っていませんでした。

六面バラバラのルービックキューブ。私たちにとってキューブとは、まずこの「揃わない」状態のことだった。(Photo: CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)

昭和55年の夏休み、私が毎日していたのは、友達と連れ立って区民プールに行くことでした。さんざん泳いで、体を冷やしきって、外に出る。すると、プールのそばにおでんの屋台が来ているのです。串に刺さったウインナーや、ちくわぶを買い食いする。プールの塩素の匂いと、おでんのだしの匂い。私の昭和55年の夏は、立方体ではなく、その二つの匂いでできていました。


一億円で買ってきた立方体

ルービックキューブが日本にやってきた経緯は、調べてみるとなかなか面白いのです。

ツクダオリジナルの代表取締役だった和久井威さんが、ニューヨークのトイショーでこの立方体を見つけ、15万個分の販売権を1億円で獲得したのだそうです。日本ではまだ誰も知らない代物に、玩具会社が1億円を投じる。相当な博打だったはずです。

背景には、伊勢丹新宿店の「アダルトホビー部門」の担当者から、パズルゲームの商品がほしいと言われていたことがあったといいます。ここが大事なところです。ルービックキューブは、子ども向けのおもちゃとして日本に持ち込まれたわけではなかったのです。

値段の付け方にも、それが表れています。和久井さんは当初1,480円を想定していたそうですが、伊勢丹の担当者から「2000円ぐらいでも売れる」と言われ、1,980円にしたのだといいます。

発売に先立って、同じ年の6月1日には朝日新聞の日曜版が「究極の立体パズル」としてこのパズルを紹介しています。すると読者から「どこで売っているのか」という問い合わせが殺到し、それがまた記事になった。火は、発売前についていたのです。


私のキューブは、偽物だった

私がルービックキューブを手にしたのは、発売の夏より少し後のことでした。そして買ってもらったのは、正規品ではありませんでした。いわゆる偽物です。

弁解するようですが、当時の私の周りで「本物」を持っていた友達は、一人もいませんでした。みんな偽物です。それを学校に持って行って、休み時間に友達とカチャカチャ回していました。

1,980円という値段は、子ども心にも高いと感じていました。だから偽物になったのだろう、と長らく思っていたのです。ただ、記憶をたどると、それだけではない気もするのです。そもそもツクダオリジナルの本物が、売り場になかなか置いていなかった気がするのです。品薄だったのではないか、と。


本物は、町のおもちゃ屋に来なかった

この記憶が引っかかったので、少し調べてみました。

たしかに、正規品だけで発売から8か月で400万個以上が売れています。1981年2月には海賊版が出回る事態にもなりました。ただ、どうやら「店頭から消えて買えない」というほどの極端な品不足ではなかったようなのです。

では、なぜ私の記憶では売り場になかったのか。

答えは、たぶん最初の話に戻ります。ルービックキューブは伊勢丹新宿店のアダルトホビー部門の要望から入ってきた、1,980円の商品です。つまりあれは、百貨店の売り場に置かれる大人の趣味の品だったのです。葛飾の町のおもちゃ屋や駄菓子屋の棚に、二千円近い舶来のパズルが並んでいたとは考えにくい。

品薄だったのではなく、そもそも私たちの町には流通していなかった。私の記憶は、たぶん間違っていなかったのです。

だから下町の子どもにとってのルービックキューブとは、最初から偽物のことでした。安っぽい作りでも、回して遊ぶぶんには本物と変わらない。あれは本物の代用品ではなく、私たちにとっては、それが唯一の実物だったのです。


「これが本物か」

そんな私が、いつだったか、本物のツクダオリジナル製を手に取る機会がありました。

回した瞬間のことは、今でも覚えています。軽いのです。偽物と比べて明らかに軽く、滑らかに、カチャカチャと回る。引っかからない。ねじれない。指先の力が、そのまま回転になって伝わっていく。

「これが本物か」

心の底から感心しました。値段の差とは、こういうことだったのか。あのとき私が感じたのは、たぶん、初めて触れた「工業製品の品質」というものでした。

もっとも、本物を回したところで、六面が揃うわけではありません。教室には必ず一人か二人、「オレ、六面そろえた」と言うやつがいましたが、たいていは嘘でした。よく見ればシールの角が浮いている。あるいは、いったんバラして組み直したのだと、後になって白状する。

もっとも、これは子どもが不真面目だったからではありません。配置の総数は4325京2003兆2744億8985万6000通りあるのです。京という単位を、私はこのパズルで初めて知ったような気がします。実際、翌1981年には揃え方を解説する本が出版され、数学の専門誌『数学セミナー』までが「ルービック・キューブで群論を学ぼう」という特集を組んでいます。大学で扱う数学の話が、おもちゃ売り場から立ち上がってきたわけです。


発明した本人でさえ、一か月かかった

ここで、いちばん救われる話を書かせてください。

ルービックキューブを考案したルビク・エルネー。建築学者が、立体幾何を教えるために生み出した。(Photo: CC BY 2.0, via Wikimedia Commons)

このパズルを考案したのは、ハンガリーの建築学者、ルビク・エルネー(エルノー・ルービック)さんです。ブダペスト工科大学の教授でした。1974年、立体幾何を学生に説明するための「動く模型」を求めていて、ドナウ川の流れを見てひらめいたのだといいます。最初の試作品は木でできていました。

そして彼は、完成した立方体の各面を違う色に塗り分け、動かしてみた。ところが、元に戻らなくなった

「結果的に、出発点に戻るのに丸1か月かかった」

発明した本人が、です。

これを読んだとき、私は45年越しに肩の荷が下りたような気がしました。揃えられなくて当たり前だったのです。あれは揃えるためのおもちゃというより、揃わないことを手のひらで確かめるための装置だったのかもしれません。


帝国ホテルの四百人と、ガンダムの襲来

ブームは瞬く間に燃え上がりました。

1981年1月31日、東京の帝国ホテルで「第1回全日本キュービスト大会」が開かれています。6歳から68歳まで、約400人が集まりました。優勝したのは北島秀樹さんという当時16歳の高校生で、記録は単発46秒台、3回の合計が2分37秒。ルービックさん本人も来日し、優勝者には賞品として自動車が贈られたといいます。おもちゃの大会の賞品が、車です。

ところが、この熱はあっけなく冷めます。

ツクダオリジナルは1981年のゴールデンウィークに向けて30万個の追加発注をかけました。そこへ、まったく別の方角から津波が来ます。『機動戦士ガンダム』のプラモデル──ガンプラのブームです。

子どもたちの小遣いと関心は、立方体からモビルスーツへ移りました。売れ行きは急減し、残った大量の在庫は翌年の福袋に詰められ、それでも捌けず、結局10年かけて少しずつ処理したのだそうです。

ブームというのは、こういうふうに終わるのですね。誰かが飽きたからではなく、隣にもっと面白いものが現れるから終わる。


令和のキューブは、三秒で揃う

昭和の子どもだった私たちにとって、ルービックキューブは「揃わないもの」でした。ところが令和のいま、状況はまったく違います。

2010年、コンピュータによる解析で、どんな状態からでも最大20手あれば揃えられることが証明されました。「神の数字」と呼ばれるそうです。競技としてのスピードキュービングも確立し、3×3の単発世界記録は3.08秒(2025年2月、中国のYiheng Wang選手)まで縮んでいます。子どもたちがYouTubeで手順を覚え、小学生が十数秒で揃えてみせる時代です。

もうひとつ、調べていて驚いたことがあります。当時、日本で売られていたキューブは、世界標準とは配色が違っていたのだそうです。黄色と青の位置が入れ替わった「日本配色」。2013年のリニューアルで、ようやく世界標準に合わせられました。

本物と偽物の違いも分からなかった私たちですが、その本物のほうも、世界から見れば少しだけ違う立方体だったわけです。なんだか、それが妙に昭和らしい気がしてなりません。


昭和55年の夏、私はまだキューブを知りませんでした。区民プールで泳ぎ、屋台のウインナーとちくわぶを頬張っていました。都心の百貨店では大人たちが1,980円のパズルに列を作っていたのでしょうが、そんなことは知る由もありません。

ブームというのは、中心から周縁へ、時間差で届くものなのですね。私の手元に届いたのは一年ほど遅れて、しかも偽物でした。それでも、休み時間にカチャカチャ回していたあの音は、たしかに私の昭和の一部です。

みなさんのルービックキューブは、本物でしたか、偽物でしたか。六面は、揃いましたか。よろしければ、その顛末を教えてください。


あの日「これが本物か」と唸った、あの滑らかな回転。今はメガハウスの公式ライセンス品として、ちゃんと手に入ります。偽物しか知らなかった下町の元少年も、令和の孫も、同じ本物で遊べる時代です。夏休みの自由研究や、お孫さんへの一つに。揃わなくて当たり前——考案者すら一か月かかったのですから、どうか気楽に。

メガハウス ルービックキューブ 3×3 ver.3.0(公式ライセンス)
日本正規品。回転が軽く滑らかな現行モデル。「これが本物か」の手ざわりを、令和の子どもや孫と
Amazonで見る ›

【昭和の今日は何があった日?】昭和四十年から六十四年までの「今日」を、当時子どもだった私の目線でたどっています。


▼ 昭和の今日は何があった日?(前後の記事)

◀ 前の記事:【7月24日】注意報の放送を、私たちは聞き流していた | 次の記事:(近日公開)