【昭和の今日は何があった日?】8月24日──ヒット曲のないまま武道館に立った三人と、新キャプテンの夏
今日は8月24日。夏休みも残りわずか、カレンダーの数字が急に重たく見えてくる頃です。 1983年(昭和58年)のこの日、東京・九段下の日本武道館に、1万人が集まりました。ステージに立ったのは、THE ALFEE。桜井賢、坂崎幸之助、高見沢俊彦の三人組です。 いまでこそ「武道館といえばアルフィー」ですが、この日はその一回目でした。しかもこの時点で、彼らには誰もが口ずさめるヒット曲が、一曲もなかったのです。 デビューから10年、まだ何者でもなかった THE ALFEEの結成は1973年。東京のある大学のキャンパスで出会った三人を中心に始まり、翌1974年8月25日、「夏しぐれ」でデビューしました。当時は四人組のフォークグループです。 しかし、デビュー曲は売れませんでした。翌年の2作目も不発。メンバーの一人が脱退して三人になり、3作目に予定していた曲は発売そのものが中止になります。これをきっかけにレコード会社との契約が切れ、所属レーベルのない状態でライブハウスを回る日々が続きました。 この時期、彼らは事務所の先輩である、かまやつひろしさん、由紀さおりさん、研ナオコさんのバックバンドを務めています。つまり、ステージの後ろで演奏する側にいたわけです。 余談ですが、『ザ・ベストテン』への出演も、自分たちの曲より研ナオコさんのバックとしての出演が先だったといいます。あの番組を毎週欠かさず見ていた身としては、なんとも言えない気持ちになる話です。私はきっと、画面の奥のほうにいた三人を、なんとも思わずに見過ごしていたはずですから。 1979年にキャニオンレコードから「ラブレター」で再デビュー。音楽性はフォークからロックへと少しずつ舵を切り、コンサートの動員力だけは日本のバンドでも屈指と言われるまでになっていきます。 それでも、代表曲がない。そういう10年でした。 チケットを売り出したときは、まだ売れていなかった そんな彼らが武道館を押さえたのが、1983年8月24日、水曜日です。公演名は「OVER DRIVE 1983 ALFEE 8-24 BUDOKAN」。 ここがこの話のいちばん面白いところなのですが──チケットの予約が始まった時点で、「メリーアン」はまだヒットしていませんでした。 「メリーアン」がシングルとして世に出たのは、この年の6月。本来はアルバム収録曲になる予定だった一曲です。それが発売後、じわじわと、そして夏に入ってから一気にチャートを駆け上がっていきました。 つまり武道館当日、この曲はちょうど坂を駆け上がっている最中だったのです。チケットを買った人たちは「まだ売れていないバンド」を見に行くつもりでいたら、いざ会場に着いてみると、そのバンドがまさに世に出ようとしている瞬間に立ち会うことになった。そういう夜でした。 演奏は、メドレーを含めて14曲。「トラベリング・バンド」で始まり、「誓いの明日」「SAVED BY THE LOVE SONG」「Musician」と続いて、5曲目に「メリーアン」。後半には「ジェネレーション・ダイナマイト」「See You Again」「ラジカル・ティーンエイジャー」「夢よ急げ」と、いまもライブの定番になっている曲が並んでいます。 そしてこの日、彼らは会場に来た1万人全員に、記念バッヂとプロモーションビデオを収録したビデオテープを配りました。売れていないバンドが、初めての武道館で、1万人分の土産を用意したのです。採算のことを考えたら、正気の沙汰ではありません。 この年の暮れ、THE ALFEEは『第34回NHK紅白歌合戦』に初出場します。8月にはまだ「ヒット曲のないバンド」だった三人が、大晦日にはお茶の間にいた。わずか四か月の出来事でした。 その夏、私は新キャプテンになったばかりだった その頃、私は何をしていたか。 中学2年、14歳。夏の大会が終わって3年生が引退し、新チームの最上級生になったばかりでした。そして私が、新しいキャプテンになりました。 これが、思っていたよりずっと難しいのです。昨日まで先輩の背中を見ていればよかったのが、急に自分の背中を見られる側になる。声のかけ方ひとつ、練習メニューの組み方ひとつ、何が正解なのかわからない。試行錯誤しながら、新人戦に向けて毎日グラウンドに立っていました。 だから8月24日の夜、九段下で1万人が沸いていたことなど、当然知りません。私はたぶん、日が暮れるまでノックを受けていたか、翌日の練習のことを考えて寝床に入っていたかのどちらかです。 音楽との付き合いは、テレビでした。『ザ・ベストテン』だけは、毎週きちんとチェックしていたと思います。ラジオでもレコードでもなく、あの番組が私にとっての音楽の窓でした。 「メリーアン」を初めて知ったのも、その窓の中です。記憶をたどると、ランキングの中ではなく「今週のスポットライト」で登場して歌っていたように思います。ランクインする前の曲を紹介するコーナーですから、まさにあの夏の、坂を駆け上がっている途中の姿だったのでしょう。 「メリーアン、メリーアン」と、曲名がそのまま呼びかけられるサビ。あれが耳から離れませんでした。中学生ながら、これはヒットするだろうな、と感じたのを覚えています。実際、その通りになりました。 そして武道館。当時の私にとって、あそこは行ったことのない場所でした。テレビの中でだけ見る場所。葛飾から九段下まで、電車に乗れば大した距離ではないはずなのに、子どもの感覚では、ずいぶん遠いところにあると思っていました。 あの夏の「メリーアン」も、その後の曲も、まとめて聴けるベスト盤が出ています。デビューから30年ぶんのシングルを37曲おさめたものです。 THE ALFEE 30th ANNIVERSARY HIT SINGLE COLLECTION 37デビュー30周年の記念盤。1974年のデビュー曲から順にシングル37曲を収録。「メリーアン」も入っています。星4.4 Amazonで見る › 42年、105回 あの1983年8月24日から、THE ALFEEの武道館公演は毎年続きました。翌1984年からは12月開催になり、2018年まで36年連続。12月23日にいたっては1984年から35年連続で、武道館の「史上最多同一日連続公演」の記録になっています。 通算公演数は、2025年12月の時点で105回。バンドとしては歴代1位です。コンサートの総本数は3000本を超えました。「メリーアン」以降、シングルは59作連続でオリコンのトップ10に入っています。1983年から途切れていない、ということです。 数字を並べていると、少し目がくらみます。けれど私が本当にすごいと思うのは、105回のほうではありません。1回目のほうです。 売れていない。ヒット曲がない。それでも武道館を押さえて、1万人を集めて、その1万人全員に土産を持たせて帰した。あの晩の三人は、まさか42年後にこんな数字になっているとは思っていなかったはずです。ただ、その日の一回を、めいっぱいやっただけでしょう。 続いたものというのは、たいてい、続けるつもりで始まったものではないような気がします。 続いたもの、続けてきたもの 正直に言うと、彼らと自分を重ねるつもりはありません。10年売れずに耐えたバンドと、葛飾で野球をやっていた中学生とでは、並べようがないからです。 ...