お金と僕の12年戦争・第12話
給与という一本足から、給与と家賃の二本柱へ。会社員である私に、家賃という新しい収入源——私自身は「不動産賃貸事業」と捉えています——が加わったこと。それは「収入が増えた」という以上に、私の人生を静かに、けれど確かに変えてくれました。
父が遺してくれた家を、私は空き家にしていた
私は葛飾区高砂で生まれ育ちました。両親は「なんとか自分たちの城を持ちたい」と頑張り、高砂に所有権11.26坪(約37.22㎡)という、狭小と呼ぶしかない土地と、そこに建つ木造2階建ての家を手に入れます。父は、その家を長男である私に遺したいと考えていたようです。

ところが私自身は、結婚を機に賃貸住宅での暮らしをスタートさせました。やがて父が亡くなり、母は埼玉県川越市に嫁いだ妹の家族のもとで暮らすようになります。こうして、私が育ったあの家は「空き家」になりました。
両親が遺してくれた家なのに、当時の私は「賃貸のほうが気が楽だ」と、空き家のまま放っておいたのです。どうにかしなければ、という思いは頭の隅にありながら——その状態が、10年ほど続きました。(父さん、ごめん。)
妻のひと言から、ペンシルハウスが建った
転機をくれたのは、妻でした。当時、私たちは9歳の長男を含む3人家族。ある日、妻が「実家を建て替えて住めないかな?」と切り出したのです。
ただ、敷地はわずか11.26坪。あまりに狭く、積極的に手を挙げてくれる工務店はなかなか見つかりませんでした。それでもどうにか引き受け先を見つけ、2008年8月、狭い土地を縦に使い切るように、木造3階建て・延床面積59.58㎡の、いわゆる「ペンシルハウス」が完成します。空き家だった実家は、こうしてようやく、家族の住む家として生まれ変わりました。
家族が増え、家が手狭になった
「3人家族なら、狭小住宅でも住んでいける」——そう考えての建て替えでした。ところが工事のさなかに妻の妊娠がわかり、「4人ならまだ大丈夫だろう」と新居に移ったときには、すでに4人家族。さらにその後、3人目の妊娠がわかり、無事に生まれて5人家族になると、さすがにこの家では狭すぎる、ということになりました。
そこで向かったのが、住み替えです。「今より子どもたちの小学校に近く、しかも高砂駅にも近い場所」という、なかなか難しい条件でしたが、運にも恵まれて良い家に出会えました。2014年6月、敷地64.32㎡・木造3階建て・延床面積102.54㎡の新築建売戸建を購入し、転居します。今でも本当に満足している我が家です。
(余談ですが、この家に移ってから妻はさらに二人の男の子を産んでくれ、我が家は4男1女、5人の子宝に恵まれました。)
住む家が「貸す家」になった、一軒目
そして高砂のペンシルハウスは、私たちが住み替えたその日を境に、「自分たちが住む家」から「人に貸す家」へと役割を変えました。これが、私の戸建賃貸業の一軒目です。

貸すために建てた家ではありません。父が遺し、妻の言葉で建て替え、家族で暮らし、そして手狭になって離れた——その積み重ねの結果として、気づけば私は大家になっていました。父に申し訳なかったあの空き家が、いまは家賃という形で家計を支えてくれている。そう思うと、少しだけ肩の荷が下りた気がします。
リベ大が背中を押した、二軒目
二軒目は、まったく違いました。
リベ大(両学長)の教えと『お金の大学』に出会い、「昇給を待つのではなく、収入を生む資産を自分で買う」という発想を知った私は、2022年1月、松戸市に敷地60.98㎡・木造2階建て・築48年の投資用築古戸建を購入しました。
築48年という数字に驚く方もいるかもしれません。けれど、リベ大で学んだ築古戸建投資の考え方に沿って、自分なりに数字を確かめ、納得して選んだ一軒でした。一軒目が「気づいたら大家」だとすれば、二軒目は「意志を持って買った大家」です。
ここで、二軒(と現在の自宅)を一覧にしておきます。
| 役割 | 取得・完成 | 所在地 | 敷地 | 構造・延床 |
|---|---|---|---|---|
| 一軒目(賃貸・旧自宅) | 2008年8月 完成 | 葛飾区高砂 | 11.26坪(約37.22㎡) | 木造3階建/延床 59.58㎡ |
| (参考)現在の自宅 | 2014年6月 購入 | 高砂駅 近く | 64.32㎡ | 木造3階建/延床 102.54㎡ |
| 二軒目(賃貸・投資用) | 2022年1月 購入 | 松戸市 | 60.98㎡ | 木造2階建/築48年 |
※「現在の自宅」は賃貸物件ではありませんが、一軒目が賃貸へ切り替わった転機として参考に併記しています。
給与一本足から、二本柱へ ── 金銭面
会社員の収入は、基本的に給与とボーナスという一本足です。給与は生活費、ボーナスは臨時収入。シンプルですが、その一本が細れば、家計はそのまま揺らぎます。
そこに家賃収入が加わると、給与と家賃の二本柱になります。勤務先で残業が減った月でも、家賃は比較的安定して入ってくる。この「もう一本」があるだけで、家計の安定感はずいぶん変わりました。
大きいのは、昇給に依存しなくてよくなったことです。給与は毎年、数千円から数万円上がればいいほう。けれど中古戸建を一軒持てば、年間で数十万円、物件によっては100万円以上のキャッシュフローが見込めることもあります。「昇給を待つ」のではなく「資産を買って収入を増やす」。この発想の転換こそ、リベ大から受け取った一番の財産かもしれません。
家賃は、老後の「第二の年金」にもなり得ます。年金だけでは心もとなくても、給与が止まったあとも家賃は入り続けてくれる。物価が上がれば家賃も少しずつ上がる可能性があり、現金だけを握りしめているより、不動産はインフレに比較的強いと言われています。
「事業」として見ると、税金の景色も変わる ── 税制面
賃貸業を始めて変わったのは、お金の入り口だけではありません。出口、つまり税金の見え方も変わりました。
確定申告は、「不動産所得」として行っています。世間では不動産所得を「不労所得」と呼ぶことも多いのですが、実際にやってみると、これがまったく「不労」ではありません。入居者の募集も、設備の修繕も、確定申告の準備も、ぜんぶ自分の手と時間がかかる、れっきとした仕事です。だから私は、この家賃収入を「不動産賃貸事業」だと捉えています。
給与所得者のままでは、「経費」という言葉はほとんど縁がありません。けれど賃貸業では、修繕費・火災保険料・固定資産税・管理費・交通費・通信費・消耗品費といった、事業に必要な支出を必要経費として計上できます。
さらに建物は、減価償却という形で、年数をかけて経費にしていけます。現金が出ていかないのに経費になる——少し不思議な、けれどキャッシュフローの改善につながる仕組みです。修繕のタイミングを調整することで、所得を平準化しやすい面もあります。
ただ、正直に書いておくと、私の賃貸業はまだ二軒という規模で、いわゆる「事業的規模」には届きません。そのため青色申告特別控除(最大65万円)の対象にはならず、そこは使えていないのが実情です。それでも、必要経費と減価償却という基本の部分だけでも、給与所得しかなかった頃とは税金の景色がまるで違います。
もちろん、節税のためにわざわざ支出を増やすのは本末転倒です。あくまで計画的な設備投資の「結果」として税負担の調整にもつながる——その順番だけは、間違えないようにしています。
会社だけが頼りじゃない ── 心理面
正直に言えば、私にとって一番大きかったのは、この心理面のメリットかもしれません。
会社員だけだった頃は、リストラ・病気・定年といった言葉が、いつも頭の片隅にありました。けれど家賃収入があると、「もし会社を辞めても、収入がゼロになるわけではない」と思える。たったそれだけのことで、心の余裕がまるで違います。
会社で嫌なことがあっても、「生活が完全に会社頼みではない」と思えるだけで、ずいぶん楽になりました。そして、一軒、二軒……と積み上がっていく感覚は、努力が目に見える資産になるということでもあります。これは、給与だけでは味わいにくい達成感でした。
何より、万一自分に何かあっても、家賃を生む資産が家族に残る。これは私にとって、何にも代えがたい安心材料です。
給与・株式・不動産という三本柱 ── 人生全体
中古戸建賃貸業は、給与とは性質が違います。給与は働いた時間への対価ですが、不動産は適切に管理すれば、資産そのものが収益を生み続けてくれる可能性がある。時間をかけて積み上げるほど、将来の選択肢は広がっていきます。
私はインデックス投資も続けています。株式は世界経済の成長を取り込み、不動産は安定した家賃を生み、給与は毎月の生活基盤を支える。この三本柱があることで、一つの収入源に依存するリスクを抑えやすくなりました。金融資産と実物資産の両方を持つ——それは、思っていた以上の強みでした。
教訓
- 「昇給を待つ」より「収入を生む資産を買う」。発想を変えると、収入の天井そのものが変わる。
- 賃貸業のメリットは金銭・税制・心理の三方向。なかでも「会社だけが頼りではない」という安心感は、数字に表れない大きな価値。
- 節税は目的ではなく結果。順番を間違えない。
総括 ── 労働所得から、資産所得へ
給与所得に加えて、中古戸建賃貸業による収入を得られたことは、単に「収入が増えた」という以上の意味がありました。金銭面では収入源の分散と老後資金の強化、インフレへの備え。税制面では必要経費や減価償却を活かした計画的な税務運営。そして心理面では、「会社だけに依存しない」という安心感。
これまで続けてきたインデックス投資・iDeCo・新NISA・中古戸建賃貸業は、それぞれ性格は違っても、互いに補い合う資産形成の仕組みです。「労働所得」の比率を少しずつ下げ、「資産所得」の比率を上げていく。それは経済的な安定だけでなく、働き方や人生の自由度そのものを広げてくれる——私はそう期待しています。
つまずきながらも、一歩ずつ。気づけば、給与・株式・不動産という三本の柱が、私の家計を静かに支えてくれている。回り道の多い道のりだったけれど、ここまで来てよかったと、いまは思える。
この回で書いた「労働所得(給与)と資産所得(家賃・配当)の二本柱」という考え方は、まさに パラレルインカム と呼ばれるものです。私がたどり着いた感覚を、より体系立てて、最初の一歩から教えてくれる一冊がこれでした。「FIRE本は少し極端で読みにくい」と感じた方にも、ちょうどいい入門書だと思います。
― 次回予告 ―
ここまでは「二軒の戸建賃貸が、私の人生にどんな意味をもたらしたか」という話でした。次回は、その二軒を実際にどう運営し、いまどうなっているのか。高砂のペンシルハウスと松戸の築古戸建、それぞれのリアルな数字と現実を、包み隠さずお話しします。
お金と僕の12年戦争 ─ シリーズ一覧
◀ 前の話:第11話 「もう一本の柱」iDeCo──節税と引き換えに、60歳まで縛るという選択
- 第1話 三男が生まれた日、僕は100万円をFXに突っ込んだ
- 第2話 必勝法を探し続けた男の末路──FXやらかし図鑑
- 第3話 一冊の本が、すべてを変えた──『お金の大学』との出会い
- 第4話 スマホ代を月15,000円から5,000円へ──格安SIM乗り換え体験記
- 第5話 6大固定費の見直し②──保険の整理
- 第6話 住宅ローンという名の長期戦──借り換えと金利上昇
- 第7話 手放した日から、お金が貯まりはじめた──マークIIとの別れ
- 第8話 「株主」にはなれた。でも「投資家」にはなれなかった
- 第9話 「短期トレード」の果てに──インデックス投資という長期戦のはじまり
- 第10話 「廃止決定」の制度に、子どもたちの未来を託した──ジュニアNISA編
- 第11話 「もう一本の柱」iDeCo──節税と引き換えに、60歳まで縛るという選択
- 第12話 二軒の戸建がくれた、もう一本の柱──戸建賃貸業のはじまり(この記事)